お正月

正月の歌といえばとっさに「お正月」「一月一日」が思い浮かぶ。
「お正月」は「もういくつ寝ると〜」の歌い出しで始まる童謡で1901年(明治34年)初出、「一月一日」は「としのはじめの〜」も歌い出しで始まる1893年(明治26年)の初出である。
どちらも、100年以上前の発表だが、いまだに歌い継がれている。
「一月一日」は毎年恒例の「新春隠し芸大会」のテーマソングとして1964年(昭和39年)から2010年(平成22年)まで放送されていたので、その記憶と込みで思い出す人も多いだろう。
しかしながら、歌の内容と現実の風景は私の幼少期である1970年代からもうすでにズレていた。おそらく、もっと前からズレていたと思うが、いつからズレ始めたのかはわからない。

「お正月は」の一番の歌詞は、正月にはこういう遊びをしたいという男の子の楽しみとして、「凧揚げ」「コマ回し」が挙げられている。そして二番には女の子の遊びとして「まりつき」「羽つき」が挙げられている。曲が作られた当初、これらは当たり前の遊びだったのか、当時から失われつつある文化だったのかわからないが、半世紀近く前、私が子供の頃にはすでに失われつつあった。
小学校低学年の頃、ゲイラカイトというのを買ってもらったことを覚えている。1970年代に流行したとウィキにはあるから、おそらくそのブームに乗って買ってもらったものと思うが、いいとこ小学生の低学年の頃、2年ぐらいしかやってなかったのではないか。あまり遊びにのめり込んだという記憶もないし、周りで凧揚げに興じる人が多かったという記憶もない。
コマ回しは、当時最新式のコマが発売されていたのでもう少しした記憶があるが、友達みんなで集まって遊んだ記憶はなく、誰もいないので仕方なくひとり遊びでやったという記憶が残っているくらいだ。

まりつきは、したことがない。ゴムまりという存在は知っていたが、編んだまりで遊んだ記憶はない。
羽つきも、家に飾り用の羽子板はあったような記憶はあるが、それで遊んだことはない。漫画などで、羽つきのシーンを読んで、、空振りすると、顔に墨を塗られるというシーンがあったことは覚えているので、私より10歳以上年上の人は、そういう遊びを実際にしていたのかもしれないが、実際のところはわからない。

思い返すと、小学生の頃は正月休みとお盆休みだけは親戚の内に家族で遊びに行くというのが恒例だったので、親戚が集まって、家族麻雀をしたりトランプをするのが常だった。
正月行事というのはすでに簡素化されていたような気がする。
玄関に質素なしめ飾りはしたが、門松を立てたことはない。

父は朝から、正月休みだけ飲む、金箔入りの冷酒を飲んだが、お屠蘇を拵えたことはないし、酒器もいつも使っているおちょこととっくりを使っていた。
であるから、正月というのは、通常とは違う特別な感じというのはあったが、本来の正月らしさというものがあるのなら、それは歌やバラエティ番組の中に存在しかなかったのではないか。

正月だけではないが、日本古来の風習に起因する記憶は幼少期が強い。年齢を重ねるにつれ、「昔ながらの」という物事はしなくなっている。
大人も、子どもにはちゃんとしてやりたいと思うことが多いのだろう、七五三、雛祭、端午の節句など、子どもの喜びそうな行事は一通りやってくれた。
おそらく、自分たちがやってもらったことは我が子にもやってあげたいという思いや、ママ友などの付き合いで、何をやるという情報交換がなされていたのではないか。
それに、やろうと思えばやれる遊び場がまだ昔はあった。

私の実家の周りに田畑がそれなりにあったので、電線を気にすることなく凧を上げることができた。中学生以上になると、そういうことをすることもなく、テレビばっかり見ていたような気がする。
だから、実際には正月らしいことはあまりしてないが、テレビ番組の中の正月らしさというのはなんとなく見ているので、正月というのは着物を着るものだし、凧揚げもコマ回しも、羽つ気もする、という廃れ始めた風習も、なんとなく受け継いできたのではないか。

今はどうなんだろう。そんな風にして時代は経ていき、昔子どもだった私たちも大人になった。親になった人は、自分の子どもたちにもやってあげているのだろうか。
少なくとも、私が体験した正月行事の中に、宗教的な意味を感じることはあまりなかった。ということは、そういう正月を経て大人になった人は子どもにもそういうものは伝えないだろう。
お節料理の意味を調べると、本来は神へのお供物とか、平安時代の宮中料理という由来があるそうだが、私は正月ぐらいお母さんに楽をさせてあげるために保存食を用意すると聞いた。
私が子どもの頃も、ほとんどのものは出来合いのものを買ってきて重箱に詰めていたが、今ではお重自体を通販で頼むのも一般的になってきた。
専業主婦ではなく兼業主婦が多くなれば、お節の作られ方も変わってくるのも当たり前だ。

現代は核家族化も進み、文化の形骸化も進んでいる。今後の正月はどうなっていくのだろう。
ますます形骸化が進むのか。それとも、なんらかの回帰が行われるのか。見守っていきたい。