時間というのは不思議なものだ。私は昭和40年代の生まれだが、第二次世界大戦と結びつけて自分自身を振り返ったことはない。今考えると、生まれたのが、たかだか終戦から20数年しか経っていなかったことに素朴な驚きがある。両親は戦前の生まれだが、自らの戦争体験を語ったことはほとんどないし(特に悲惨な体験を聞いたことはない)、生活圏内に戦争の爪痕に関する遺構などもなかったので、当事者意識のようなものは抱くことなく生きてきてしまった。
今、学生時代のことを振り返ってみると、古い思い出だとは思うが、そこまで昔のこととは感じられない。でも、もう30年以上前のことなんだなあと思うと愕然とする。いつの間にか終戦から生まれるまでよりも長い時間が経過している。費やしてきた不毛な時間を考えると後悔しかない。そしてふと疑問に思う。今の若者は私が過ごした俗にバブル期と呼ばれる学生時代のことを、私が戦争のことを身近に感じられなかいように、今につながるベクトルの中にあると身をもって捉えているのだろうかと。
世の中は常に変化し続けているが、理解し難い状態に一夜にして変貌するのではなく、徐々にありようを変えつつ、いつの間にか以前とはずいぶん異なる状態に変貌を遂げている。
子どもの頃、漫画の「ドラえもん」で、人間の細胞は古いものは日々死んでいき、常に新しいものと入れ替わっている、だから、何日後だか何年後だかには全く新しい自分になっているのだ、というようなことを読んだ記憶がうっすらとある。それと同じように、私たちは、日々、変わり映えのしない日常を生きてきたような気がするが、そんな毎日を暮らしているうちにいつの間にか時代が移り変わっていることに気づく。
物事の認識の深度というのは人それぞれなのかもしれない。たとえ満ち足りた戦争経験のない人でも、第二次世界大戦を自分のこととして認識してしている人もいるのかもしれない。私も、戦争を自分の体験としては捉えられないかもしれないが、知識としては少しは認識している。それは情報として入ってくるからだろう。しかし、物事は往々にして、それに関わる当事者がいなくなれば、風化、形骸化していき、形だけが残ったとしても、その内側に込められた意味はやがて忘れ去られて行く運命にあるのではないか。
世界はグラデーションであり、ある出来事があって、それを体験した人、話題に上げる人が多かった状態から、少なくなった状態、いなくなった状態へと移行していく。寄せては返す波のように、何らかのムーブメントがあって、にわかにクローズアップされる瞬間もあるだろうが、総体的には、徐々に徐々に長い時間をかけてそれは進行していく。そして、いつしかその出来事は忘却され、内包する意味は失われていく。
今、急速な少子化や、人口減少が議論の俎上に上っている。近代以前、人口はずっと増加傾向にあったが、その増加率は比較的おだやかで、明治の始めにはまだ総人口が三千数百万人だった。それがこの百数十年で一億三千万近くまで劇的に増加し、2008年にピークをつけると、減少に転じ、これからから先は加速度的に少なくなっていくと言われている。急速に増加していったものが急速に減少していくということは、我々の生活や、文化のありようも急速に変化して行くということだ。
これまで、変わり映えのしない毎日を暮らしているような気がしていたが、私たちの中にはテレビのない時代に生まれた者から、生まれた時からインターネットが当たり前の世代までがいる。つまり、時代のグラデーションの中で、異なる文化を持つ者が混在しており、様々な物事が希薄化しつつも、かろうじて伝統の継承が行われているのである。
今後、自分たちの持っていた文化を伝えたいと思ってきた人々がいなくなれば、ちょっと前の文化も無理解が進むのではないだろうか。特に、変化が急速な分、断絶も深くなるのではないかと推察される。
別に文化を受け継ごうが、受け継がなかろうが、その判断は今後を生きる人の選択次第である。仮に今までの人類の営為が全く今後に反映されなくなったとしても、それは人々が選んだ生き方なので、私がどうこう言う筋合いのものではない。結局はなるようになっていく。ただし、やはり温故知新ということはある。文脈の中に未来があるのか、反面教師として捉えるのか、それはわからないが、これまでの営為にこそ今後の取るべき道筋のヒントが隠されており、議論のための素材は提供すべきである。
人間にはそれぞれ役目がある。
物事を前に推し進めようとする人。それに反対する人。進めるにしても、それを可能にするための設備、制度を整える人。様々あるだろう。
本サイトでは、具体的に数字を挙げて日本人の営為を振り返ってみたい。
単純に、雑学として面白がって読んでいただきたいし、今後の参考にしていただければ幸いである。
2023年5月